日本製品はイケてないと勝手に実感してしまう日本人
山本一郎(ブロガ―・投資家)
ビジネスというものは単体で存在するものではなく、社会や文化、そこで暮らす人たちの価値観から出てきた組織といった、ある意味でその地域、その国家の総体が作り上げるものであろうと思うわけです。
私自身は、年の三分の一ぐらいは海外で時間を過ごしていますが、日本国内で頻繁に起きるであろう議論、例えば「日本から何故優れたイノベーターが出てこないのか」とか、「日本でAppleのような企業はなぜ生まれないか」などといった話が、海外から見るとまったく逆に「日本企業のように組織だって一致団結して仕事をするにはどうしたらよいのか」という相談を受けるケースが多いのです。
隣の芝は青いのか、岡目八目の類なのかは状況によって変わりますが、日本企業にはそれぞれの強みがあり、それを活かして利益を上げ、世界市場で戦っていることはそれだけでまずは立派なことです。その上で、より高みにある企業として、AppleやGoogleのような世界的大企業に比べて日本企業の弱さ、脆さ、いけてなさを日本人が勝手に実感しているだけのことなのかもしれません。
例えば、昨年コンテンツ系事業の投資の仕事で欧州に足を向けましたところ、日本では独創的な作品が次々と生まれる土壌があり資金が集まって綺麗なエコシステムが完成していて羨ましいと言われるわけです。日本人からすると、アニメ業界やゲーム業界の人たちの低賃金がクリエイターの疲弊を生み、社会問題になる傍ら、独自のコミュニティが同人系のネットワークを作り上げて切磋琢磨し、コンテンツに磨きをかけていきます。その結果として、構造的に若者の娯楽としての同人、二次制作に人気が集まり、若い人も途絶えることなく制作市場に流入しているという状況にあります。
これが、作画や基本的な作業を海外の事業者に任せるという空洞化は起こしつつも、魅力のある原作やキャラクターの立案などは相変わらず日本の制作の現場が握っている分野があります。もちろん各国のクリエイターもキャッチアップを頑張っているところですがその市場で頑張っている人数が日本は圧倒的に多いので、意外にいまだに競争力があります。そこへ、次世代のVRを含めたCG技術の興隆もあって、新たな制作環境が出てきたとき、日本のお家芸でもあるオタクの関心を強く惹きつけた結果、CG技術の本丸は海外に取られていても、上で転がっていくアプリケーション分野では頭一個そこそこ出ている状態です。
翻って、ハードウェアや仕組み商売としてのAppleは確かに世界に冠たる企業であるわけですが、その上でビジネスを構築し、きっちりアプリケーションで稼いでいるのは日本だという面もあります。また、Appleのハードウェアが売れれば売れるほど、そのハードに部品を提供する日本企業が潤うという図式もあって、一概にAppleのような企業が日本にないからといって、何の受益も日本にないのかというとそれは言いすぎだろうとも感じるのです。
これが、他の国にいきますとそもそもAppleに対して何のサプライヤー契約ももっていない、単純にiPhoneやAndroidが普及しても受益がない、という話になります。スマートフォン普及前は、まだNokiaがあった、Ericssonもあった、情報通信分野でサプライヤーの地位にあった企業が複数ありましたが、これらが存在感を失い始めると、国家単位で税収不足に陥って深刻な経済後退を引き起こしかねないことになります。非常に優れた労働市場や技術者を抱えていながら、仕組み商売が一個コケると経済の厚みのなさが一気に露呈し、アプリケーションもハードウェアも駄目になって、外貨を稼げない状態に陥ってしまうのです。
日本も、決して楽ではありませんが、世界の中で変に「Appleみたいな会社が無いぞ」というような高望みをしない限りは、意外に健闘し、尊敬されている世界であるのもまた事実です。それは、なんだかんだ日本人の柔軟さ、理系人口の多さに依拠していると言えます。
しかしながら、では今後もそれなりにほどほどの地位でいられるかといわれると、これはまったく安心できない状態だろうと思います。とりわけ、日本経済の生産性の低さは目を覆わんばかりの状態で、主要先進7カ国の中では問答無用の最下位なのが日本です。
日本の生産性の動向 2014 年版
もちろん、これは日本人全体のことであって、補助金漬けの一次産業や財政支援がなければ立ち行かない地方経済にぶら下がっている人口がおおいに生産性の足を引っ張っていることを考える必要があります。それを入れて平均にすると、最下位でも仕方がないところではあるのですが、それでも生産性が低い、労働人口を効率的に経済活動に向かわせられていないという反省はするべきです。
すでに高齢に差し掛かった労働者を「これからは世界市場が大事だから技術と英語力を磨け」と言われても困惑されるだけかもしれません。ただ、もしも日本の生産性をいま一度引き上げ、国際経済で充分な競争力をもてるだけの企業をAppleやGoogleのように持ちえるよう考えていこうとするならば、教育と技術を社会の優先課題に掲げるのは必須となります。
要は、スマートフォンのようなガジェットでは日本はリーダーシップを取れるような企業を生むことはできなかったけど、世界が動く次の技術で相応のポジションを確保するぞと考えるならば、日本社会がしっかりと優先順位を見極めて投資をしていかなければならないだろうということです。
日本全体をどうにか維持していくためのシステム思考もさることながら、少子化の進む日本でどのような教育と技術に絞り込んで、優れた人物を生み出そうとするのか、国民全体の議論として方向付けていくことが大事なのではないかと思います。