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GenSenNews ~KoKoRo

心を刺激する記事を厳選して皆様にお伝えします。

子どもの貧困問題

お金にだらしない大人のせいで、子どもも貧困状態を味わう。

そして、恵まれない環境によって、まともな教育を受けられないまま大人になる。

子どもの貧困 「昔のほうが大変だった」への対処法(湯浅誠) - 個人 - Yahoo!ニュース

高畑容疑者、狙った可能性 事件前に被害女性認識か

 前橋市内のビジネスホテルで女性従業員に乱暴するなどしたとして、強姦致傷容疑で逮捕された俳優高畑裕太容疑者(22)=東京都渋谷区=が事件前、女性従業員をホテル内で見かけていたとみられることが24日、捜査関係者への取材で分かった。

 高畑容疑者は「企てていません」と計画性を否定しているが、群馬県警はこの女性を狙った可能性があるとみて、詳しい経緯を調べている。同日、高畑容疑者を送検した。

 逮捕容疑は23日午前2時ごろ、女性従業員の手をつかんで自室に無理やり連れ込み、乱暴して軽傷を負わせた疑い。

(共同)

 送検のため、前橋署を出る高畑裕太容疑者を乗せた車=24日午前8時52分

 送検のため、前橋署を出る高畑裕太容疑者を乗せた車=24日午前8時52分

スタバなどのカフェでパソコンをWi-Fi接続して仕事をしている人は、何をやっているのか?

ビジネス

「働き方改革」を極端に捉えるべきではない

ここ1~2年で、「ダイバーシティ」「ワークライフバランス」「働き方改革」といった言葉が、やたらとネットや新聞紙上の記事で出てくるようになってきました。これまでの日本人の働き方は古典的であり、生産性が悪く、クリエイティブでもない、家族にも優しくないし、人生の幅を狭めるだけ、だから根本から見直そう……といったムーブメントに影響され、登場した言葉たちと言えるでしょう。

私は現場に入る経営コンサルタントですから、生産性が悪い仕事のやり方、長時間労働が前提となっている組織風土には強い姿勢で改革を促します。しかし、よくニュースで取り上げられる記事の内容は極端すぎて、ほとんどの企業の「働き方改革」の参考にはならないことも知っています。ニュースはニュースであり、現場は現場です。特にまだ社会人になっていない就活生たちには、スターバックスなどのカフェでパソコンをWi-Fi接続して仕事をしている人」が「働き方改革」を体現している人だと思ってもらいたくないし、間違っても憧れなどを抱いてもらいたくないと私は考えています。

たとえば、あるIT企業において、申請さえすれば「時間や場所に縛られることなく、好きな時間に、好きな場所で働いてもよい」という方針を打ち出したところ離職率が大幅に下がった、という事例があり、それが記事となって紹介されていました。

自由な時間に、自由な空間で働くことができる、と聞くと、だいたい想像するのが、「スターバックスなどのカフェでパソコンをWi-Fi接続して仕事をしている人」。私自身も、よく利用するため、そのような「ノマドワーカー」と呼ばれる人たちをカフェでは頻繁に目にします。

私がカフェでパソコンを開いて仕事をする場合は、講演や研修など、出張中に時間があるときに限られます。通常勤務のときは、普通の会社員と同じように定時出社し、夕方の6時までオフィス内に留まります。「アイデアが煮詰まったから、ちょっとカフェでも行ってくる」などとオフィスを抜け出すことはありません。

また、カフェでする仕事のほとんどが「メルマガ」「コラム」「書籍の原稿」などの執筆作業です。確かに、誰にも邪魔されず、コーヒーを飲みながらの時間は創作に適している気がします。ただ、カフェでないとより良い創作物ができないか、というと、そうでもありません。たまたまカフェにいる時間のほとんどが執筆の時間だ、という結果論にすぎないわけです。これが私のケースです。

カフェでする仕事は2種類しかない

私は取材を受けるとき、ホテルのラウンジやカフェを利用することがほとんどです。そのせいもあり、フリーランスのジャーナリスト、ライター、デザイナー等が、そのような場所をうまく活用して仕事をすることを知っています。しかし、一般的な会社員が「働き方改革」だのと称して、カフェなどでパソコンを開いて何をするのでしょうか。私が考えるに、以下2つにしか大別できないと考えます。

■ 執筆、デザイン、コーディング等の「生産作業」

■ メール処理や資料作成などの「間接コミュニケーション作業」

つまり、生産か間接コミュニケーションの作業に限られるわけです。生産作業であれば、まずほとんどがフリーランスの人、もしくは特殊な環境で働いている人であり、たとえば一般的なIT企業のプログラマーがカフェでコーディング作業ができるかというと、セキュリティやチーム内の生産性の問題で、所定のオフィス内でしたほうが理にかなっています。また、たとえオフィスワーカーといっても、経理や人事、労務の仕事に従事している人がカフェで仕事をできるかというと、ほぼ不可能と考えるべきでしょう。

それに、日本の就労人口総数と比較して、上記のような「パソコンのみで生産作業に従事する就労者」はどれぐらい存在するのでしょうか。きわめて少ないと容易に考えられます。

ということは、「カフェでパソコンをWi-Fi接続して仕事をしている人」のほとんどは、メール処理や資料作成などの「間接コミュニケーション作業」をしている、と言えるでしょう。ネットに繋いで「テレビ会議」などをしている人もいます。これも生産作業ではなく、あくまでも「間接コミュニケーション作業」であり、企業活動において、新たな付加価値を生み出す作業ではありません。

現場に入ってコンサルティングをしていると、この「間接コミュニケーション作業」ばかりやっている人が、いかに組織全体の業務を非効率化させているのかがわかります。企業内にある、これらの間接コミュニケーション作業を半減させても、ほとんどのケースで売上や利益がダウンすることはありません。それどころか、かえって生産性がアップし、収益を押し上げ、労務上の問題を解決するケースが多々あるのです。

パソコンの前に座り、メールを処理したり、管理資料やプレゼン資料を作ったりしていると、あたかも何か「仕事をしている気」になるものです。ただそういう「気」になるだけであって、ほとんどのケースは不必要な作業なのです。

カフェでのパソコン作業に憧れを抱くべきではない

コミュニケーションの基本は、当然のことながら「直接」やるものです。面と向かって話をするか、せめて電話です。リアルにインタラクティブな会話をしなければ、話が噛み合わなくなったときの副作用が大きすぎるからです。これが業務効率を悪くさせる最大の原因です。カフェの中で打合せをしたり、電話をするといった「直接コミュニケーション作業」をするならともかく、パソコンを使っての「間接コミュニケーション作業」ばかりしている人がいるとしたら、適当に短時間で済ましておいたほうがよいと言えます。

今の時代、「スターバックスなどのカフェでパソコンをWi-Fi接続して仕事をしている人」に憧れを抱く若者がいるそうです。とんでもない話だな、と思います。フリーランスの人なら責任をもって自己管理をしているでしょうが、一般の会社員であるなら「ああいう人にはなるな」と私は言いたいぐらいです。何らかの待合せの時間や、外出中の隙間の時間にカフェに入ることはあっても、滞在時間が1時間を超えるのはおかしな話。ましてや「働き方改革」の一例として登場するのは、かなり変な話であることを、就活生や若い人は知っておいてもらいたいと思っています。

最近はびこる「努力不要論」が社会をおかしくするという論

ビジネス

最近、「努力」という、昔は馴染み深かった、平凡で一般的な言葉をあまり聞かなくなった気がします。

私は現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。現場にいると、「目標を達成させるために精一杯努力しよう!」などと、組織の責任者が声高に語りかけるシーンを目にすることがほとんどなくなり、「どうすればもっと効率よく結果を出せるのか」と頭を抱えている姿ばかりを目にします。

効率的に成功を得られるちょっとしたコツ、これだけやっていれば必ずうまくいく、というような射倖心を煽るキャッチフレーズに心が浸食されてしまっているからでしょうか。このような「ショートカット思考」は現代病だと私は考えています。

「努力」という言葉の代わりに、

「それをやって結果が出ればいいですが、結果が出ないことをやっても意味がないですよね?」

「うまくいけばいいですが、うまくいかなかったらやるだけ損ですよね?」

という表現をやたら耳にします。

いろいろな職場で耳にする「やる意味がわからない」とか「やるだけ損」という表現は、本当にそうなのだろうか、といつも考えます。単純に、やるのが嫌だから、そういう理由を口から出まかせ的に言っているのだとしか思えないのです。

たとえば、

「今日1日10件のお客様をまわり、新商品の説明をして、1件でも多く契約をとってきてもらいたい」

と言われると、

「やたらめったらお客様をまわって、本当に契約がとれるのですか? 契約がとれないんだったら、やっても意味がないと思います」

と反論されます。この言い分は理にかなっているようにも聞こえますが、次の言い方をするとどうなるか?

「今日1日10件のお客様をまわり、こちらの茶封筒を窓口の人に渡してもらいたい。封筒を渡すだけでいいから」

と言われたら、

「この茶封筒をお客様に渡して何の意味があるんですか? これで契約がひとつでもとれるんならいいですが、そうでないならやっても意味がないと思います」

と反論する人はどれぐらいいるでしょうか? ほとんどの人が、

「この茶封筒を渡せばいいんですね? わかりました。すぐ行きます」

と答えるはずなのです。何も考えずに、です。なぜ反論しないかというと、上司からの指示であり、自分にとってイヤな仕事でもないからです。

実際のところ、その茶封筒の中には何も入っておらず、お客様にその茶封筒を渡しても何事も起こらない。けれども、すんなり「行きます」と答える部下は、結局は何も考えていないわけです。何も考えず、無邪気に、条件反射で、イヤな仕事は「意味がわかりません」「やるだけ損」と反論するし、別にイヤでない仕事には「はい、わかりました」と答えるだけなのです。

問題なのは「やるだけ損」と切り捨てて、単純に何もやらないことです。少しでも「やる意味がある」ことを選択して行動すればいいのですが、それさえしないのであれば、単なる「努力不足」。

こういう人を傍から見ているコンサルタントとして、私が「もっと努力しろ」と言いたくなるのは、当然の感情だと思うのです。何も考えず、条件反射で「やる」だの「やらない」だのと意思決定する習慣はもういい加減にオサラバしてもらいたい。そうでないと、いつまで経っても日本企業は、良くなっていかないからです。

行動した結果が自分の期待通りでなければ、その行動した過去は自分にとって「損失」だとする発想は、非常にネガティブです。

小学校や中学校で学んだ事柄は、大人になって、すべて役立つかというとそうではありません。微分積分や、化学の記号を大人になって利用しないとわかっているのであれば、それは勉強しなくていいのでしょうか。テストは0点でいいのか、という話になります。

一定の時間内に、難しい問題を解く訓練を繰り返すことで脳は鍛えられ、脳の基礎体力がアップしていきます。その繰り返しで人間の理性は形成され、感情に振り回されない意思決定や判断能力が身に着いていくのです。

何を「努力」するかは、人それぞれですが、少なからず、ちょっと面倒だな、やりたくないな、ということをやり切ろうとする、きっちり結果を出そうとすれば、そのプロセスにおいては「努力」は付き物なので、自然と努力する習慣は身に着きます。この努力の過程があってこそストレスに強い心と体が手に入ることは間違いなく「やるだけ損」という発想には行きつかないものです。

「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である」

と言ったのはエジソンです。

努力は必ず報われる。

もし報われない努力があるのならば、

それはまだ努力と呼べない。

と言ったのは王貞治さんです。

努力している人が報われて欲しいし、報われるような努力をして欲しいと私は常に考えています。そして、目標達成するために努力しようと気恥ずかしくなく言える空気を、もっと社会の中で作りたいと考えています。「努力」は現代の美徳に合わないかもしれませんが、日ごろから努力しないことで、期待通りの成果を手に入れらなくなっていること、ストレスに弱くなって、感情の抑制ができなくなっていることは、決して”クール”な状態ではないと思うからです。

「職場配属された新入社員が、朝なるはやで、出社したほうがいいよ」と言われる5つの理由!?

ビジネス

春です。

会社の中には、そろそろ新人研修を終え、新人を職場配属しているところも増えてきているのではないでしょうか。 

会社によっては、職場配属された新人には、「なるべく朝早く出社したほうがいいよ」というメッセージを発しているところもあるようですね。今日は、このメッセージの裏に隠された意味を考えてみましょう。そこには、それなりに「合理的な意味」があると僕は思っています。

ちなみに冒頭で誤解を避けるために申し上げますが、会社・組織の中には、単純に、「新人」を「しごく」「いびる」ためだけに「なる早の出社を迫っている」ところもあるから注意が必要です。全く合理的根拠がないような、単なる慣習、反知性的ないびりで、そうしたことが強制されるケースです。冒頭申し上げておきますが、わたしは、そういう意図には一切与しません。今日の記述は、そうした場合を除くものとすることを、前段でお断りしておきます。

結局、朝早めに出社するかどうかは、新人本人の選択の問題です。こうしたことが過剰に強制されることには、僕は与しません。それが労働基準を超えて強制されていれば、単なる無給労働、法律違反です。下記の記述は、そうしたことをご理解・ご留意のうえ、お読み頂ければ幸いです。

それでは、なぜ、職場配属されたばかりの新人には、なるべく朝、はやく出社をしたほうがいいよ、と告げることが多いのか。その意味を考えましょう。

ひとつの理由には「OJTのための時間の融通」があります。

新人に貼り付けられることの多いOJT指導員は、通常、自分の仕事をしながら新人の面倒も見ています。彼/彼女には、ただでさえ時間がないのだから、新人の指導は、なるべく朝にやっておきたいし、日々のコミュニケーションも、ここでとっておきたいと考えるのが常です。

新人も、朝すこしでも余裕があれば、昨日積み残した仕事を追うことや復習ができるし、今日、これから行う仕事の予習もできるかもしれません。

また、OJT指導のノートや日誌などを課している会社の新人は、OJT指導にかかわる様々な付帯業務も、この時間にこなすことができます。会社は「教えてもらう場所」ではなく「仕事をする場所」です。ですので、時間をいかに効率的に使うかが、人々の主要な関心になります。

ふたつめに「社会的接点を増やすことができる」という点です。

朝少しでも早く新人が職場にいれば、当然出社してくる他の社員と挨拶をしたり、声をかけられる可能性が高くなります。給湯室などにいってみれば、コーヒーやお茶を飲みに来た他の社員とも雑談などにもなるかもしれません。

要するに、朝の時間を使って、職場の既存メンバーとの社会的接点を多数持つことができるということですこの結果、組織社会化(組織に慣れていくこと)のスピードは、そうでない場合と比べて、早くなる可能性があります。

いざ始業時間になってしまえば、「切った張ったの世界」がはじまるので、多くの人々は、新人のことだけにかまっていられなくなるだろうから。コミュニケーションをしようと思えば、「切った張ったの世界」の外でするしかありません。

みっつめに「仕事を支える生活習慣獲得」。

OJT指導員にとって、新人に教えなければならないことは「仕事の内容」だけではありませえん。

「仕事を支える生活習慣」を身につけさせることも大切なことです。こうしたことも、「教えなければならないこと」です。

まず朝早く起きて、しっかりと体調を整え、職場の自席につくこと。

あたりまえですが、これは、ぜひとも早期に獲得しなければならない習慣です。

なので、「たかが早起き、されど早起き」なのです。

多くのパフォーマンス低下は、まず労務の機能不全から起こりがちです。

 

結果、組織適応は早くなると想像できます。

よっつめに「熱意やモティベーションのディスプレイによって良質の仕事経験を呼び込むため」。

「誰にも頼まれていないのに、朝早く出社する光景」は、仕事への熱意やモティベーションを、新人が有していることを、他者に対してディスプレイ(提示)することにつながります。

本当に、個人の内部に熱意やモティベーションがあるかどうかは、内部を観察できない以上、第三者が把握することはできません。第三者から観察可能なのは客観的な行動だけです。

社会では、上長からみて「熱意やモティベーションのあると感じられる人」に、「よい仕事」が割り当てられます。仕事経験は「平等」に割り当てられるわけではありません。良質な仕事経験を割り当てられるのは、「熱意やモティベーションのあると感じられる人」です。

そして、かの人は、良質な業務経験をこなし、振り返り、それを血肉化していくことで業務能力が伸びていきます。

かくして、良質な業務経験は、「後続するさらに良質の業務経験」を呼び込むことにつながるのです。

最後、いつつめに「OJT指導員の感情を浄化しつつ、OJT指導の効果を伝える政治的メッセージを発することになる」という点です。

これは少々、込み入った背景があります。

「誰にも頼まれていないのに、朝早く新人が出社する光景」は、OJT指導員のみならず、多くの組織メンバー、特にOJT指導員の「上司」に当たる人も目にします。

そういう意味では、新人の朝早く出社する光景は、OJT指導員による新人指導が、効果をあげていること」を上司を含む組織メンバーに政治的かつ社会的に新人自らが「証明」する行為でもあります。

OJT指導が奏功しているか、効果をあげているかは、OJT指導員以外の人は、なかなかうかがい知ることはできないものです。上司を含むOJT指導員の以外の人々は、新人の外的に観察可能な行為を通してしか、OJT指導の効果性を実感できません。

まずは、そうした光景を目にしたOJT指導員は、自らの感情をまずは浄化することができるでしょう。

新人の目から見てアタリマエだと思えるOJT指導は、実は、多くはOJT指導員、先輩社員の善意で成立していることが多いものです。しかし、OJT指導員も多くの数字や仕事をもって、この仕事をおこなっています。彼 / 彼女も悩みながら、OJT指導をしているのが現状ではないかと思います。

また、こうした光景は、OJT指導員のみならず、OJT指導員の上長も見ているのです。かくして、「OJT指導員の社会的レピュテーションは、向上すること」が想像できます。そのレピュテーションの向上は、まわりまわって、OJT指導員の新人指導の熱心さにつながるでしょう。

職場というものは、そうした政治が蠢く世界なのです。

ふふふ、社会にようこそ!

今日は、職場配属された新人が「なるべく朝早く出社したほうがいいよ」というメッセージを伝えられるのはなぜかを考えてみました。

 

もちろん、冒頭申し上げましたように、会社・組織といっても、いろんな会社があるので、単純に新人を「しごく」「いびる」ためだけに「早朝出社」を迫っているところもあるから注意が必要です。

また、こういうのは、第三者や組織から強制されるものでは、ないと思います。そうだとすれば、単なる長時間労働にしかならないから。無給時間外労働は避けるべきでしょう。

もう4月も半月が終わりました。

4月に入社してきた新人は、早いものでもう2週間を会社で過ごしていると思います。その疲労も、そろそろ蓄積されている頃でしょうか。まことにお疲れ様です。

ところで、あなたの会社で、今日、職場に一番早く来たのは、誰でしたでしょうか?

新人?

えっ違う? じゃあ、OJT指導員?

いやいや、案外、朝イチで出社しているのは「課長」だったりしてね・・・。

そして人生は続く

(本記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」の2013年7月30日の記事に、加筆・修正を行ったものです)

毎月の給料からどれくらいが妥当? 貯蓄上手は知っている、貯金額の目安とは

ビジネス

© utoimage - Fotolia.com

 

家計を上手にやり繰りするうえで気になる、毎月の貯金額。給料のうち、いくらを貯金にまわせばいいのか知りたい人も多いのではないでしょうか。

貯金の目安は目的に応じて異なりますが、今回は「目的に関係なく、毎月決まった額を貯蓄するための目安」についてご紹介したいと思います。

■「余ったら貯金」はNG

よくありがちな「余ったら貯金する」という考えですが、これはあまり好ましくありません。貯蓄上手は、貯金する分は口座から引き出さず、もしくは貯蓄専用の口座に移し、預金したままの状態にします。

こうしておくことで毎月一定額が貯金され、貯金分のお金には手をつけないでおくことができます。貯金分を「もともと無かったもの」として考え、差し引いた金額でやり繰りできるというわけですね。

■貯金は給料の○%が目安

では、その目安はいくらでしょうか。毎月貯金する額は、家族構成に応じて変わってきますし、共働きなのか専業主婦なのかによっても異なります。

 

●ケース1 共働き夫婦で子どもがいない場合・・・給料の20%~30%が目安●ケース2 共働き夫婦で子どもがいる場合・・・給料の15%~20%が目安●ケース3 専業主婦で子どもがいない場合・・・給料の15%が目安●ケース4 専業主婦で子どもがいる場合・・・給料の10%が目安

 

「え、こんなに?」と高い比率に感じる方もいるでしょう。でも、やり繰りに慣れてくれば自然と一定額を貯める感覚が身についてきます。

そのためには、「余ったら貯金」という考えを捨て、先に決まった額を給料から差し引いて手をつけず口座に残しておくことが重要なのです。

家賃や水道光熱費、携帯代金といった固定費の見直し、食費や雑費などのやり繰りは、妻としての腕の見せどころでもあるでしょう。

あまり節約しすぎて家族に苦痛を強いるのは好ましくありませんが、家計簿を見直せば「無駄な出費」が見えてくるはずです。

「塵(ちり)も積もれば山となる」の精神で、やり繰り上手&貯蓄上手を目指しましょう。まずは、毎月の給料から一定額を貯金する習慣を心がけてみてはいかがでしょうか。

「備えあれば憂いなし」です。いつ、どのタイミングで急な出費が必要になるかなんて誰にもわからないこと。今のうちから貯金に対する意識を高めておきたいですね。

熊本地震と阿蘇山噴火、南海トラフは関連するのか

災害

熊本地震と阿蘇山噴火、南海トラフは関連するのか: 気象庁も「前例がない」と困惑する熊本地震。日本有数の火山である阿蘇山も抱える地域だけに、今後が心配されているPhoto:Abaca/Aflo© diamond 気象庁も「前例がない」と困惑する熊本地震。日本有数の火山である阿蘇山も抱える地域だけに、今後が心配されているPhoto:Abaca/Aflo

 

4月14日から始まり、いまだに収束の気配が見えない熊本・大分の地震活動。16日には阿蘇山が小規模噴火を起こした。いずれ確実に来ると見られる南海トラフ巨大地震との関係性はあるのか、地球物理学(地震学)の専門家、島村英紀武蔵野学院大学特任教授に聞いた。(聞き手/ダイヤモンドオンライン編集部 津本朋子)

南海トラフの動きが熊本地震の引き金に?連動する地震と火山

――4月14日から始まり、いまだに熊本県大分県を中心に地震活動が続いています。16日には阿蘇山が小規模ですが噴火しました。一連の地震と火山噴火は関係しているのでしょうか?

 そもそも阿蘇山は熊本地震以前から活動が活発化していました。非常に強い力を持った火山です。しかし熊本地震が今回の噴火に関係なかったかと言えば、私はあったと見ています。熊本地震阿蘇山が揺れ、火山ガスが発泡したと考えられるからです。ちょうどコーラの瓶を振ったら泡が飛び出すのと同じ理屈です。

 海溝型と呼ばれる、プレートが関連する地震は、火山活動と大いに関係しています。東北地方太平洋沖地震東日本大震災を引き起こした)や、東海地震南海トラフ巨大地震などは海溝型です。

 一方、熊本地震活断層が起こした内陸型(直下型)。地震発生のメカニズムが違います。ただ私は、熊本地震が起こった背景には、南海トラフに関係するプレートによる圧力が働いた可能性がある、と考えています。

 南海トラフは静岡の駿河湾から九州の宮崎沖まで続く海底の溝(トラフ)で、フィリピン海プレートユーラシアプレートに沈み込む場所です。熊本地震南海トラフ巨大地震の引き金になるとは思えません。小が大に影響を及ぼすことはないですから。しかし逆に、南海トラフでの動きが九州の活断層に影響を与え、その結果として熊本地震が起きた可能性はあるのです。

 南海トラフ巨大地震自体は、M8〜9クラスの地震が100~200年周期で起きていることが分かっていますから、いずれ必ず来るでしょう。そうなれば、火山にも大きな影響を及ぼします。

 阿蘇山はもちろん、多くの火山に影響を与えるはずで、東京ドーム250杯分もの火山灰を噴出する、いわゆる「大噴火」と呼ばれるものが起きても不思議はありません。

 地震と火山は兄弟のようなものです。プレートが動くことで直接的に起きるのが地震。一方、火山はプレートの動きによってマグマが生まれ、マグマだまりを作りながら発泡、つまり噴火に至ります。

予測不可能な熊本地震の今後東日本大震災後に活動期に入った日本列島

――熊本地震では14日にM6.5の地震が起き、これが本震かと思いきや、16日にはM7.3の地震が起きて驚きました。気象庁も「近代観測史上、聞いたことがない」と言っていますが、今後はどのような経過が予測できますか?

 これはまったく分からないですね。気象庁の言う近代観測というのは、1923年以降の話です。しかし地震や火山活動は数百年、数千年といった、人間からすれば気の遠くなるような周期で起きています。地震学者も火山学者も「分からない」というのが正直なところなのです。

 地震には大きく3つのパターンがあります。1つ目は「本震-余震型」。これは全体の9割を占める。あとは「双子地震」と「群発地震」です。熊本地震は、明らかに本震-余震型ではありません。しかし双子地震なのか、それとも群発地震なのかは、まだ何とも言えません。

――阿蘇や大分といった東側や、八代といった南西側に広がっているのも気になります。

 ある場所で地震が起きてエネルギーが解放されると、今度は隣接する断層でいわば「留め金が外れた」状態になり、地震が連鎖するのです。

 今回の地震は、中央構造線と呼ばれる断層帯群上で起きました。これは、長野から鹿児島までを通る、1000キロにも及ぶ巨大断層群です。今回の地震を起こした布田川断層や日奈久断層も、中央構造線の一部。そして、阿蘇山中央構造線上に位置します。中央構造線地震が起きるというのは地質調査によって明らかになっています。

 14日以降、愛媛県沖や徳島県など、四国地域でも非常に小規模ですが地震が発生しています。これがどの程度広がるのか。先ほど、地震は連鎖すると言いましたが、隣接する断層でも、十分なエネルギーがたまっていなければ地震には至りません。しかし予知は難しく、数年経ってから「こうだった」と分かるのでしょう。

 そもそも東日本大震災以降、火山噴火も相次いでいますし、日本列島は明らかに活動期に入ったと考えるべきでしょう。というか、そもそも過去100年ほど、日本列島は静かすぎた。「大噴火」だけでも100年間で4~6回程度は起こる、というのが普通なのです。

 全国どこにいても、「九州は対岸の火事」だと思うべきではありません。日本には分かっているだけで2000もの活断層があります。実際には、6000くらいはあるのではないかとも言われています。熊本地震でも、実は布田川断層が阿蘇山カルデラ内部にまで延びていることが、地震後に調査をして初めて分かりました。東京でも、立川断層が危ない、とは皆が知っている事実ですが、その東側エリアには断層が存在しないことになっている。しかし、これは断層が「ない」のではなく、「分からない」だけです。

 1855年には安政江戸地震が起き、1万人が亡くなりました。これは隅田川の河口近くが震源と考えられますが、ここに活断層があるのかどうかは調査できていません。阿蘇山のケースも、火山灰が堆積している地域だから活断層を調べられなかったのが、地震がきっかけで地表に出てきたのです。

アテにならない地震発生確率縦割り行政の弊害も

 私も現地で調査したことのあるトルコの北アナトリア断層も、やはり長さ1000キロにも及ぶ巨大断層です。この断層では1939年に東端で地震が起こり、それから約60年かけて西端に近いところまで、次々にM7クラスの地震が発生していきました。間隔はさまざまで、1年に2回起きたり、かと思えば十数年空いたこともありました。こんな事例もあるので、日本でも気を抜くべきではないでしょう。

――「九州は地震が少ない」とは通説のように言われていましたし、政府の地震調査委員会の予測地図でも大地震の可能性は比較的低そうでした。結局、地震予知はアテにならないのでしょうか?

 熊本のみならず、岩手・宮城内陸地震新潟県中越地震など近年起きた地震も軒並み、発生確率が低いとされた地域で起きました。阪神大震災も起きる直前の発生確率はわずか0.02~8%。やはり「関西には大地震はこない」などと言われていました。

 南海トラフ巨大地震のように「30年以内に70%」などと言われれば警戒するでしょうが、たった数%なら「大丈夫」だと考えてしまうでしょう。しかし現実はそうなっていない。先ほどお話ししたように、日本全国には「分からない」だけで、実は断層が走っている地域がたくさんあるはずです。よく言われるような「この地域は安心」ということは、決してないのです。

 日本では1970年代から東海地震の危機が言われ始め、78年に大規模地震対策特別措置法(大震法)が策定されました。そして「東海地震は予知できる」と言ってきたのですが、阪神大震災東日本大震災も予知できなかった。日本地震学会では予知という名称を取り下げることも議論されました。

 一方、火山の方も2014年の御岳山噴火で大失敗をしました。噴火警報レベルを引き上げなかったために、山頂に登山者がたくさんいて、人的被害を生んでしまったのです。火山の方ではまだ「予知を取り下げる」との議論は聞こえてきませんが。

 また、縦割り行政の弊害も良くない。火山は気象庁地震国土地理院、つまり国土交通省が監督官庁で、予知連も別々にあります。2000年の三宅島噴火の際には、これらが別々のコメントを出し、混乱しました。

川内原発の再稼働時に異を唱えた日本火山学会

――愛媛の伊方原発、そして鹿児島の川内原発など、中央構造線の近くに立地する原発を危ぶむ声もあります。

 実際、熊本地震は東方や南西にまで広がっていますから、もっと真剣に議論すべきです。火山、地震に関することは、とにかく分からないことが多い。日本全国に「絶対安全」な地域がない以上、原発や核廃棄物処理施設を巡っては考えを改めなければならないと思っています。

 川内原発の再稼働時には、九州電力が「カルデラ噴火のような巨大噴火の可能性は十分に小さい」と評価し、原子力規制委員会もそれを認めました。しかし、われわれ火山学者からすれば、そんなことを断言できるなんてあり得ない。日本火山学会も「疑問がある」と声明を出しました。

 カルデラ噴火とは、東京ドーム10万杯分以上もの火山灰や噴石が出る、破局的噴火のことです。阿蘇山だけで過去に4回、カルデラ噴火を起こし、火砕流が瀬戸内海を超えて中国地方にまで流れて行ったことも分かっています。ちなみに、日本で最後にカルデラ噴火を起こしたのは、鹿児島県の鬼界カルデラで、約7300年前のことです。日本では過去10万年間に12回、カルデラ噴火が起きました。単純に割り算すれば、約8000年に1回程度は起こる計算です。もちろん、そんな単純な周期ではないはずですが、起きうるという事実は厳粛に受け止めるべきです。

 そして、通常の噴火なら山体膨張(マグマの蓄積や上昇によって、山が膨らむこと)などの前兆現象が起こることが多いですが、カルデラ噴火については古文書も残っていない遥か昔の出来事ですから、どんな前兆があるのかも、まったく分かりません。「起きた」という事実は分かるものの、それ以上は研究のしようもない噴火なのです。

――避難計画もお粗末だと言われています。

 川内原発では事故が起きた際、新幹線や高速道路を使って避難する、ということも検討されたようですが、熊本地震では両方とも止まってしまいました。噴火の場合でも、火山灰はわずか数ミリ積もっただけで停電を引き起こしますし、空港の滑走路も使用不能になり、道路の白線も見えなくなります。およそ避難に役立つとは思えません。

 また、火山灰は電力供給システムに甚大な被害を出しますから、原子炉を冷やすのに支障が出る可能性もあります。津波が来ずとも、福島の原発事故のようなことが起こりうるのです。

 日本が世界有数の地震・火山国であるからといって、一般市民が過度に心配する必要はありません。こうした活動の周期は人間の寿命よりもずっと長いからです。できる備えはするべきですが、それ以上の心配をしたら心穏やかでは暮らせません。

 ただし、原発などは話が別です。高レベル核廃棄物は放射能レベルが下がるまで10万年ものあいだ、隔離しなければなりません。そんな長い期間、安全だと言い切れる場所などない。このことをしっかりと認識すべきです。