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GenSenNews ~KoKoRo

心を刺激する記事を厳選して皆様にお伝えします。

「カレー」の真実をどれだけ知っていますか この蘊蓄100章は思わず人に話したくなる

 モノ情報誌のパイオニア『モノ・マガジン』(ワールドフォトプレス社)と東洋経済オンラインのコラボ企画。ちょいと一杯に役立つアレコレソレ。「蘊蓄の箪笥」をお届けしよう。

 蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫。モノ・マガジンで長年続く人気連載だ。今回のテーマは「カレー」。老若男女、年中問わず安定的に食べられている人気料理の一つがカレーだろう。あなたはカレーについてどのぐらいのことを知っていますか。あっという間に身に付く、これぞ究極の知的な暇つぶし。引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

この連載の一覧はこちら

 01. 「カレー」とは多種多様な香辛料を併用し食材を味付けするインド料理の調理法を用いた煮込み料理のこと

 02. これは欧米人が名付けた呼称で、インドではコルマなど各々に固有名称があり、「カレー」という料理はない

 03. また日本で「タイカレー」と呼ばれるものはタイの宮廷で発祥した「ゲーン」で、インド料理とは関係ない

 04. しかしインドのドラヴィダ語族には、野菜や肉、食事やおかずを意味する「カリ」という言葉がある

 05. それがインドの旧宗主国の英国人によって、英語で「curry」と表記されるようになったといわれている

 06. 17世紀、欧州では、スペイン、ポルトガルが没落し、代わって英国とオランダがアジア海域に進出していた

 07. 1639年イギリス東インド会社はチェンナイの地を取得。1757年にはフランスとの植民地抗争に勝利する

 08. 結果、英国はインドの覇権を握るようになるが、その航海時代に英国人船員たちがこだわったのが食事だ

 09. 彼らは航海中にシチューを望んだが、大事な食材である牛乳が日持ちしないことから諦めるしかなかった

 10. そこで牛乳の代わりに、保存のきくインドの香辛料を使用し、シチューと同様の具材で作った料理を考案

 11. この当時の船員たちの料理が「英国式カレー」の由来の一つといわれている

 12. 1772年、インドで総督を務めたウォーレン・へースティングズは、インドのカレー料理を英国に紹介した

 13. それはインディカ米にターメリックで着色した野菜と肉のスープをかけた「マリガトーニスープ」だった

 14. しかし当時の英国人にとって、多種多様な香辛料をインド人のように使いこなすのは非常に難しかった

 15. 19世紀初頭、英国の食品会社C&Bは、あらかじめスパイスを調合した世界初の「カレーパウダー」を発売

 16. 1810年の『オックスフォード英語辞典』には〈カレーパウダー〉という単語が掲載されている

 17. 次第にカレーは英国の家庭料理として普及していくが、インドと異なり英国式カレーは「牛肉」も使用する

 18. 英国の中流以上の家庭では日曜日にローストビーフを焼く習慣があり、牛肉使用はその影響といわれている

 19. 日本で初めて「カレー」という言葉が登場したのは、1860年に福沢諭吉がまとめた『増訂 華英通語』

 20. 現在、日本でいうところのカレーは、ルゥを米飯にかけて食べるもので「カレーライス」とも呼ばれる

 21. これはインドから英国に渡ったカレーが、江戸後期~明治時代初頭に日本に流入し、独自に発展したもの

 22. 明治期には英国からC&Bのカレーパウダーも輸入されていたが、日本式カレーの特徴はとろみの強さ

 23. 1872年に出版された『西洋料理指南』には、日本で初めてカレーライスの調理法が紹介されている

 24. 材料は「ネギ・ショウガ・ニンニク・バター・エビ・タイ・カキ・鶏・アカガエル・小麦粉・カレー粉」

 25. 一方、同年に出た『西洋料理通』では「牛肉・鶏肉・ネギ・リンゴ・小麦粉・ユズ・カレー粉」となっている

 26. 「カエル肉」の使用はフランス料理の影響という指摘もあるが、カエル肉を使ったレシピは普及しなかった

 27. また双方のレシピに登場する「ネギ」とは長ネギのことであり、カレーライスで一般的なタマネギではない

 28. 現在カレーの具として知られる「ジャガイモ・ニンジン・タマネギ」は、明治初頭にはまだ珍しい西洋野菜

 29. のちに開拓地の北海道を中心に国内生産が広がり、大正時代に入って現在のカレーライスの原型が完成する

 30. 「ライスカレー」という言葉は1876年に札幌農学校に着任したクラーク博士が考案したといわれる

 31. しかし明治初頭、カレーライスは限られた西洋料理店でしか味わえない「高級ハイカラ料理」であった

 32. 1905年、大阪の薬膳問屋の二代目主人・今村弥兵衛は国産初の即席カレー粉「蜂カレー」を発売

 33. このカレー粉は近隣の飲食店では使用されたが、一般家庭にまで浸透するには至らなかった

 34. 一方、英国式カレーは料理店のみならず、大日本帝国海軍でも「海軍カレー」として独自の発展をしていた

 35. 当時、海軍軍人の病死の最大原因は脚気であったが、軍医・高木兼寛はそれが白米に偏った食事にあると指摘

 36. 高木は日本と同盟関係にあった英国海軍を手本に、栄養バランスを考えた「食事改善」を行うことを試みる

 37. 英国海軍はカレー粉を入れたビーフシチューとパンを糧食にしていたが、一般の日本人には馴染みがない

 38. そこでカレー味のシチューに小麦粉でとろみをつけ、パンの代わりに米飯にかけたカレーライスが誕生した

 39. 日露戦争時、海軍の横須賀鎮守府は調理が手軽で肉も野菜も摂れ、栄養バランスがいいこのメニューを採用

 40. 1908年発行の『海軍割烹術参考書』に掲載して普及させ、第一次世界大戦を通じ海軍・陸軍に広まった

 41. 当時は徴兵制があったため、除隊した兵士が郷里に戻り、軍隊生活で親しんだカレーを作ることもあった

 42. このことも、のちに〈国民食〉といわれるほど日本全国にカレーが広まった大きな要素の一つといわれる

 43. 明治時代末期になると町の食堂メニューにもカレーライスや「カレーうどん・そば」が現れ大衆化が進行

 44. 1910年大阪・難波「自由軒」が開業。カレーソースと米飯をあらかじめ混ぜた「混ぜカレー」が人気を呼ぶ

 45. 1923年ヱスビー食品の前身である「日賀志屋」はC&Bに匹敵する本格的な国産カレー粉の製造を開始

 46. 1926年大阪ハウス食品はカレー粉・小麦粉・油脂・旨味成分等を固形化したインスタントルゥを発売する

 47. 大正後期には東京のそば屋で「カレー南蛮」や「カレー丼」など和洋折衷料理が生まれ安価な洋食として定着

 48. しかし日本の各メーカーは1941~45年食糧統制のためカレー粉の製造販売を中止。軍食用のみを製造する

 49. カレーが軍で好まれたのは、同じ食材でも味付けをかえれば「肉じゃが」になり補給面の都合がよいため

 50. 肉は主に「牛肉」だったが、第二次大戦中の日本軍は食糧事情により「豚肉」も使用した

 51. 戦後、食糧事情が悪かった日本は1948年に友好国であったインドから大量のスパイスの提供を受ける

 52. 1949年にはハウス食品が「ハウスカレー」の製造を再開。翌'50年に日本初の固形ルゥを誕生させる

 53. この頃にはヱスビーやオリエンタル、蜂など他のカレーメーカーの製品も出揃い、学校給食にもカレーが採用

 54. 1956年日本登山隊が8000m峰であるマナスル登頂に成功したことをきっかけに国内で登山ブームが起きる

 55. 登山の携帯食として「即席カレー」が人気を呼び、1968年には大塚食品が世界初のレトルトカレーを発売

 56. 関連企業の大塚製品が扱っていた点滴液の加圧加熱の殺菌技術を応用することで他社に先駆けて成功した

 57. この「ボンカレー」は当初阪神地区限定で発売されたが、半透明パウチを使用したため賞味期限が短かった

 58. その後、アルミ箔を使用することで賞味期限を大幅にのばした新型パウチを開発し、1969年全国発売を開始

 59. 国民食となったカレーは他製品にも展開し、同年、明治製菓は日本初のスナック「カール」にカレー味を採用

 60. 1971年に日清食品が生んだ世界初のカップ麺「カップヌードル」にも、73年にはカレー味が追加された

 61. 1982年学校給食の全国統一献立の初メニューにカレーライスが選ばれ1月22日を「カレー給食の日」に制定

 62. 1990年代に入ると国内ではタイ料理レストランがブームとなりココナッツ風味の「タイカレー」が人気に

 63. 1992年NASAの宇宙飛行士・毛利衛は史上初めて宇宙食レトルトカレーを持参。その後メニューとなる

 64. 1990年代後半になると町おこしを目的に、日本各地の特産物を利用した「ご当地カレー」が続々登場する

 65. 北海道「札幌スープカレー」は1971年に札幌市の喫茶店アジャンタで生まれた薬膳カリィがオリジナル

 66. 1993年マジックスパイスはそれにインドネシア料理のエッセンスを加え「スープカレー」と命名して販売

 67. 2002年には札幌周辺をはじめ200店以上ものスープカレー店が乱立し、全国的なブームとなる

 68. 石川「金沢カレー」は主に金沢市内を中心に発展したもので代表店には30年以上もの歴史がある

 69. ドロッとした黒っぽい濃厚なルゥと、キャベツの付け合せ、ステンレス皿と先割れスプーンの使用が特徴

 70. 福岡「焼きカレー」は米飯の上にカレーソースとチーズ等をのせオーブンで焼いたカレーライスの一種

 71. 1950年代に北九州市門司港近くにあった「山田屋」という和食店が元祖といわれ、当時は土鍋に入っていた

 72. 門司港周辺では現在も30軒以上の店で焼きカレーが提供され、名物料理となっている

 73. 2001年「横濱カレーミュージアム」が開館。同館に出店した各地の店が注目され「専門店ブーム」が起きる

 74. 一方、市販カレー粉ではなく独自にブレンドしたスパイスとだし汁と融合させた「カレーうどん店」も登場

 75. 東京「古奈屋」、名古屋「若鯱屋」、香川「五右衛門」など各地で専門店が生まれカレーうどんが人気を呼ぶ

 76. 横浜ではご当地カレープロジェクトをきっかけにフランス料理の技術をいかした「フレンチカレー」が誕生

 77. 兵庫の居酒屋「伝信房」の人気をきっかけに、2007年には各食品メーカーが「カレー鍋」用の鍋つゆを発売

 78. カフェめしを背景にインド風キーマカレーにオリジナリティを加えた「個性派キーマカレー」も話題となる

 79. 2011年には子どもから高齢者まで幅広い世代に好まれるマイルド味の「バターチキンカレー」が流行

 80. 一方で従来の子ども向け商品ではない「大人用甘口カレー」がトレンドになり、炒めカレーにも注目が集まる

 81. 日本式カレーは多様な広がりを見せているが、「日本一のカレー激戦区」と呼ばれるのが東京・神田神保町

 82. 神保町は幕府の膝元として江戸時代から発展。明治以降は明治大学日本大学等の前身となる学校が続々創立

 83. 学生街になるにつれ書店数も増え、飲食店も開店するが、1923年に起きた関東大震災で多大な被害を受ける

 84. しかし翌24年には、「共栄堂」が当時珍しい「スマトラカレー」を売り物に洋食店として開業

 85. 初代店主が友人からスマトラ島のカレー調理法を教わったのをきっかけに日本人の口に合うようアレンジ

 86. また同年、神田須田町では「須田町食堂」(現・聚楽)が創業し、メニューのなかにカレーを掲げた

 87. 学生街でカレーが愛されたのは、本を読みながらスプーン1本で食べることができる手軽さだったといわれる

 88. 現在、神保町には60軒以上ものカレー店があるとされるが、共栄堂に次ぐ老舗が1973年開店の「ボンディ」

 89. 創業者・村田紘一は米飯に合うルゥを追求し、ドミグラスソースを中心にした「欧風カレー」を考案

 90. ボンディの欧風カレーは当時の料理界を席巻したが、その味は現在も進化を続け人気店となっている

 91. 1981年にカレー屋兼とんかつ店として開業した「まんてん」は〈安くてうまい店〉の代名詞だ

 92. 店名は〈学生がテストで満点をとれるように〉との思いから名付けられたもので、人気メニューはかつカレー

 93. 1988年にカレーとコーヒーの専門店としてオープンした「エチオピア」は創業当時からの看板が目印

 94. 看板には「インド風カリーライス」の文字があるが、スパイスを吟味したカレーの味、香りにファンが多い

 95. 神田神保町では2011年から「神田カレーグランプリ」を毎年開催。初年度は「ボンディ」が大賞に輝く

 96. 2012年は大量のトマトを使用した「バターマサラ」で人気の「インドレストラン マンダラ」が受賞

 97. 2013年には古きよき昭和風カレーの「日乃屋カレー」、昨年は「100時間カレーB&R」が優勝している

 98. 2013年「カレーハウスCoCo壱番屋」は〈世界で最も大きいカレーチェーン店〉としてギネス認定された

 99. ラーメン店と異なり、大量のスパイス購入が至難なことからカレーチェーン店は存続が難しいとされてきた

 100. そのなかにあって愛知の壱番屋ハウス食品と提携。国内外で1300店舗以上を展開し、現在も拡大中である

(文:寺田 薫/モノ・マガジン2015年11月2日号より転載)