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生活保護で「パチプロ」になることは可能なのか

生活保護を受けながら、パチンコで儲けることは制度上、可能なのか?

生活保護を利用している人々がパチンコを楽しむことの是非は、主に「市民感情」から問題にされている。

今回は、生活保護のもとでパチンコをするということが、本人に何をもたらすかを中心に考えてみたい。勝ったらどうなるのだろうか? 負けたらどうなるのだろうか? 「パチプロ」として経済的自立を目指すことは可能なのだろうか?

「好きなパチンコを仕事に」は生活保護のもとで実現しうるか?

 2015年、大分県別府市生活保護ケースワーカーたちが、パチンコ店・競輪場に生活保護利用者が立ち入っていないかどうかを調査し、発見し次第、立ち入らないように注意した。注意にもかかわらず複数回の立ち入りを行った人々に対しては、生活保護費の減額を含むペナルティを課した。大分県中津市でも、同様の調査とペナルティが実施されていた。

 2015年12月、報道がされ始めるや否や「そもそも生活保護でパチンコは許されるのか?」「許されないわけがない」「保護費減額というペナルティは許されない」「いや妥当だ」「別府市は違法だ」「別府市よくやった」など数多くの意見がネット空間に表明された本件であるが、厚生労働省および大分県は「不適切」と判断した。2016年3月17日、厚生労働省大分県の判断を受け、両市は、今後このような調査とペナルティを実施しないことを表明した(朝日新聞記事)。

 今回は、生活保護利用者のパチンコが、本人に何をもたらすかを中心に考えてみたい。本当に好きで好きでたまらない何かで「趣味と実益を兼ねて」が可能だったら、自然な流れで生活保護脱却にもつながるだろう。対象がパチンコであることは非難の対象になりうるかもしれないが、結果として生活保護からの脱却につながる可能性があるのなら、世間の目も「まあ、しかたないかな」に変わっていくかもしれない。もっとも、最大の問題は「パチプロとして生計を立てる」の実現可能性にあるかもしれないが……。

 パチンコの景品を換金する行為が合法か違法か微妙である点はさておき、生活保護利用者がパチンコで「勝つ」とどうなるのだろうか? 厚生労働省の社会・援護局保護課に確認した。

生活保護で「パチプロ」になることは可能なのか: 生活保護を受けながら、パチンコで儲けることは制度上、可能なのか?

© diamond 生活保護を受けながら、パチンコで儲けることは制度上、可能なのか?

勝っても「儲からない」生活保護でのパチンコ

 たとえば「0.5円パチンコ」で1000円払ってパチンコ球2000個を借りてプレイし、運良く大当たり。景品交換所で1万円を得たら、9000円の勝ちということになる。気分よく焼肉屋や居酒屋に行ったり、「5年前の穴だらけのセーターを買い換えたい」と思っていたので新品を買ったりするのが通常の行動だろう。

 しかし生活保護利用者の場合、それは許されない。得た1万円は全部、「収入」として申告しなくてはならない。つまり、「1000円を投資して1万円を得て9000円勝った」ということにはならず、

「1000円を投資して1万円を得て、でも1万円は福祉事務所に上納することになり、トータルでは単純に1000円の消費」

 つまり、勝っても丸損なのだ。「損はイヤだ」と収入申告をせずにいれば、不正受給となる。

「でも、『ギャンブルで勝った』と収入申告する方、ほとんどいらっしゃいません。そもそも、1日の終わりに勝っていることはほとんどないから、ということもあるでしょうけど」(東京都内の福祉事務所に勤務するケースワーカー・A氏)

 私自身はパチンコをプレイした経験は一度もないが、友人知人がパチンコ店から出てきたときの様子や本人の話から総合して「まあ、そうだろう」と思う。たいていは、その日のパチンコ予算あるいは持ち金を使い果たし、続けられなくなって店を出てくる。勝っている最中にタイミングよく切り上げ、機嫌よく「おごるから飲みに行こう」などということは、めったにない。

 もしも将来、多くのパチンコ・パチスロ店で導入されているプリペイドカードやICカードに対し、「マイナンバー」との紐付けが必須になり、「誰がいつ、球をいくつ借りて、出玉は◯個だった」と記録されるようになれば、勝ったか負けたかを福祉事務所が把握することも可能になるかもしれない。球がどのような景品と交換されたかも、店が記録できるかもしれない。しかし景品が店を出た後でどうなるのか、換金されるかされないのかは、店とは一応は無関係だ。

「パチンコで勝った収入の申告漏れによる生活保護費の不正受給」に本気で対策するのなら、生活保護と無関係に、パチンコ・景品・換金システム全体への対策が必要だろう。可能とは思えないけれども。

 その一方で、もしも同じ人が就労し、就労収入として1万円を得たのであれば、どうか。収入申告の必要はあるが、少なくとも、まったくの「働き損」になることはない。

 まず、就労する場合、交通費・作業服代などが経費として認められる。経費を差し引いて、1ヵ月あたりの収入が1万5000円(単身世帯の場合)までであったら、「使えるお金」は収入の分だけ増える。経費を差し引いた収入が1ヵ月あたり1万5000円を超えるようだと、収入のうちいくらかは「収入認定」され、使えるお金は目減りすることになるが、それでも基本的に、就労収入が多くなれば使えるお金は増える。

 結局、生活保護のもとでは、パチンコなどのギャンブルで勝っても、使えるお金が増えるわけではない。どれだけ勝とうが自分のお金にはならず、パチンコ店に支払った貸玉料金・イライラしてついつい喫ってしまったタバコ代などの分だけ、自分の使えるお金が減るだけなのだ。もちろん、勝っていなくても「生活保護を受けている◯◯さんがパチンコ店にいるのを見た。勝った分は不正受給しているに違いない」といった情報提供がなされる可能性もある。福祉事務所がどう対応するかはともかく、近隣の人々がそういう情報提供をする可能性も発生するとなれば、「ときどきなら楽しめる娯楽」でさえなくなる。

 逆にいえば、パチンコ店にいる生活保護利用者の多くは、生活保護ではない人と同じようには楽しめない不自由な娯楽であるにもかかわらず、敢えてパチンコを選んでいるわけである。他に選べる娯楽の選択肢がないからなのか、パチンコが本当に好きなので「それでも」なのか、あるいはパチンコ依存症なのかは別として。

勝っても負けても嬉しくない収入認定の仕組み

 とはいえ、ギャンブルの魅力は「時には勝つこともある」ということにあるようだ。「ようだ」と伝聞形で書くのは、私自身はギャンブルが大嫌いだからだ。生まれて5歳まで住んでいた家が福岡競艇場の近くにあり、レースのある日の夕方は家の前が「オケラ街道」になった。不機嫌な男性多数が競艇場から出て来つづけている間、歩道は、まったく横切れないほどの混雑だった。男性たちが歩き去った後には、外れ舟券の紙吹雪。男性たちの一部は、近隣の「立ち飲み」で不機嫌にクダを巻き続けていた。幼児の私にとっては、かなり恐ろしい風景であった。やがて「競艇場に行っているオジサンたちはレースを見てるわけじゃなくて、賭けて勝とうと思っているんだけど、ほとんど負けて不機嫌になってお酒を飲んでいるんだ」ということを私は理解し、小学校に入る前に、大のギャンブル嫌いになった。

 どのようなギャンブルも、客全員の平均では「負ける」仕組みになっているのだが、「時には勝つ」がなければ、客の射幸心は維持されない。生活保護利用者のパチンコでも、当然、勝ったり負けたりするだろう。

 ある生活保護利用者が、「0.5円パチンコで、1回あたり1000円分遊ぶ」を1ヵ月あたり5回行い、「勝ち」は3000円・0円・500円・0円・500円だったとしよう。この月、「投資」金額は5000円、「収入」金額は4000円。勝った日には収入が得られているが、負けた日には収入が得られていない。

 この人が福祉事務所に申告しなくてはならない収入は、4000円となる。もしその月、5000円の「投資」で1万円を得たのであれば、1万円となる。トータルで勝っているのか負けているのかは関係ない。  勝っても具体的に嬉しさを感じられる何かにつながらず、単に「パチンコというゲームで勝った」だけ、負ければ使えるお金が減るだけ。「生活保護でパチンコ」は、ゲームセンターで遊んだり、リゾートホテルのゲームコーナーに置かれているギャンブル要素のないパチンコで遊んだりするのと同じなのだ。

 ゲームセンターのゲームは、いかに巧くプレイしようが「儲かる」ことはない。でも生活保護でのパチンコも、ゲームセンターでのゲームと同様に「儲かる」ことはない。その上に時間あたりコストが高く、市民から白眼視され、ことによっては福祉事務所に注意される。「なんだか良さそう」「なんだか楽しそう」と思える要素が、何一つ見当たらない。

 私は、「生活保護だからパチンコはいけない」とは全く思っていない。しかし生活保護でのパチンコに対しては、「なんとも面白くなさそうな遊びだなあ、何が魅力なんだろう?」と感じる。

パチンコで「勝った」収入は「宝くじ当選金」と同じ扱い

 では生活保護制度において、パチンコによる収入は、どのような扱いを受けているのだろうか? 

 生活保護制度に関する公的ルールブック「生活保護手帳」2015年版を見ると、「収入の認定」の項に、まず「就労に伴う収入」がある。制度そのものの趣旨が、そもそも「働くか? 生活保護か?」の二者択一を迫るものではなく、最初から「働くことも、生活保護も」を基本的な前提としている以上、当然だろう。「就労に伴う収入」には、「勤労収入」「農業収入」「自営収入(農業以外)」「その他不安定な就労による収入」とあるが、パチンコによる収入は、このどれにも当てはまらない。

 ついで「収入に伴う収入以外の収入」があり、年金・仕送り・財産収入(家主の家賃など)に加えて「その他の収入」が挙げられている。パチンコで勝って得た収入は、この「その他の収入」に該当する。

 判断に困る事例を中心にした公式Q&A集「生活保護手帳別冊問答集」2015年版には、臨時的収入の取り扱いに関する項がある(300ページ 問8-31「不動産の処分等による臨時的収入の取り扱い」)。ここに、

「被保護世帯に宝くじが当せんした場合のように、まったく予期しない臨時収入があった場合」

 に関する取り扱いが述べられている。たとえば「ドリームジャンボ宝くじ、前後賞あわせ7億円に当選!」という幸運が訪れたら、多くの人は、生活保護を利用しなくても、その当選金で生涯にわたって暮らしていくことが可能だろう。

「別冊問答集」に述べられている取り扱いも、そのような内容である。その7億円の当選金は、「63条返還」(不正でなく受け取りすぎた保護費の返還)対象にはならず、収入として認定される。さらに、そのお金が残っている間は生活保護は不要であろうという判断のもと、生活保護の停止・廃止が検討されるだけではなく、「稼働能力、世帯の現況に応じて(略)積極的な自立助長策を講じるよう指導」が行われることになる。

 パチンコの収入も、「まったく予期しない臨時収入」と考えられている。もしも、ある月に100万円勝てば、「宝くじ7億円当選」と同じ取り扱いとなるのだが、そもそも勝つことが予期されていないのだ。

生活保護を利用しながらパチンコを仕事にすることはできるか?

 では、「パチプロ」あるいは「パチンコ評論家」を標榜し、個人事業主として「パチンコが仕事です」と主張することはできるだろうか? 

 まず、「娯楽は事業なのか?」「パチンコによる現金収入とは?」がネックになる。パチンコをプレイすることそのものを「事業」と主張するのは困難だ。また、景品を現金に交換すること自体がグレーゾーンであるという問題もある。このため、いわゆる「パチプロ」が個人事業主となる場合、古物商の免許を取得し、個人商店として届け出を行っていることが多いようだ。この場合、収入は景品の「売上」として計上することができる。

 また「パチンコ評論家」「パチンコブロガー」なら、著述業者としての届け出も可能であろう。しかし、遊興費以外の何物でもない貸玉代金を「経費」と主張できるかどうかという問題がある。2015年3月、最高裁は外れ馬券を必要経費と認める判決を下したが、独自の購入方法や購入額(この判決の例では3年間に約30億円)から下された判断である。収入金額・メディア露出などから「業」と判断される状態ならば、おそらく生活保護基準を大きく上回る収入を得ており、生活保護の対象とならないであろう。

 というわけで、「パチンコが仕事ですから」とパチンコのプレイに日夜取り組む可能性も、生活保護の場合には考えにくい。厚労省も「そういう場合には、稼働能力の不活用として、就労指導の対象になります」ということである。パチンコを業として個人事業を開始し、必要な資格を取得し、記帳し、青色申告(あるいは白色申告)を行い……という作業が恒常的に行えるのであれば、確かに「稼働能力はある」ということになるだろう。

 もしかすると、「パチンコが好きで好きでたまらない」という生活保護利用者に対し、その気持ちをフックにして、就労にもパチプロとして自立するにも必要な知識やスキルの習得に誘い、その知識やスキルが評価されて就労がかなって生活保護から脱却したころにはパチンコを健全に楽しめるようになっている……という「自立の助長」もありうるかもしれない。

 生活保護を利用する前のその人の「ギャンブルが好き」「性欲がある」「玉ねぎは嫌いだ」「蕎麦にはアレルギーがある」は、生活保護を利用したからといって変わるわけではない。保護開始の前日に「ギャンブル好きなスケベ」だった人は、保護開始の翌日も、「ギャンブル好きなスケベ」のまま、それまでの人生の延長を生きているはずだ。さまざまな欠点や「突っ込みどころ」を否定し、傷つけ、その人を別の人間にしようとするアプローチが成功に繋がるとは、私にはどうしても思えない。むろん、生活保護を利用していない人々が、「生活保護なんだから、ギャンブルしたいなんて思っちゃいけない」と思ったり口にしたりすることにも、それなりの背景があることは理解できるのだが。

 いずれにしても、現在のところ、生活保護を利用しながらのパチンコは、勝っても面白くなく、負けたら当然ながら面白くなく、勝ったことを隠していれば不正受給となり……という、大変バカバカしい遊びである。

生活保護なのに!」という見方が大嫌いな私ではあるが、「ここまで楽しくなくリスクだらけの遊びを、敢えて選ぶ必要はないのでは?」という気持ちになる。また、「バカバカしいけど、やめられない」というパチンコ依存症状態に陥っているのであれば、バカバカしい上に依存症という病気で苦しい状態から、治療によって早期の回復を目指して楽になっていただきたいと願う。  次回も引き続き、この問題を通じて、「生活保護の役割とは?」について考えていく予定だ。