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北朝鮮が崩壊しない本当の理由

■軍が逆らわぬように付けた「安全装置」

 北朝鮮は2016年1月に「朝鮮で初の水素爆弾実験を成功させた」と発表、2月には事実上の弾道ミサイル実験とされる、人工衛星「光明星4号」の打ち上げと地球周回軌道へ乗せることに成功した。

 北朝鮮は長年、「やがて体制が崩壊する」といわれ続けてきた。しかし朝鮮戦争から半世紀以上経った今も国家として存続している。このギャップはなぜ生じるのか。

 実際には日本で「北朝鮮の体制は崩壊する」という者には、韓国から日本に来たニューカマーの韓国人たちが多かった。彼らがしきりに北朝鮮体制崩壊を口にするのは、韓国独特の事情がある。

 韓国は憲法で、自国の領土を朝鮮半島全域と規定している。韓国にとって北朝鮮は国家ではなく、韓国内にあって韓国領土の一部を不当に占拠しているインサージェンシー(反政府団体)なのである。韓国から見れば、北朝鮮が消滅し朝鮮半島全土を統治できなければ、国家として一元化しない。韓国人が呪文のように「北の体制はまもなく崩壊する」といい続けているのはそのためで、日本で「北朝鮮の崩壊」をいう人たちは、そうした韓国人の願望をオウム返しに語っているにすぎない。

 「敵はやがて崩壊する」と主張しているのは、北朝鮮もまったく同じ。「資本主義の韓国では貧しい民衆の権利は守られず、迫害された大衆はやがて革命を成功させ、我々に合流するであろう」と喧伝しているのだ。

 北朝鮮が今、崩壊していないのは、崩壊する理由がないからである。

 よく「北朝鮮は経済が悪化して崩壊する」という人がいるが、約20年前、食料供給体制が崩壊して餓死者が相次いだ時代でさえ、その支配体制は揺るがなかった。そもそも経済の不振が理由で国家が崩壊するなら、アフリカの貧困国はとっくに崩壊して存在していないはずだ。

 「北朝鮮で軍事クーデターが起きて、金正恩政権が倒れるのでは」と予測する人もいるが、その可能性は低い。実は、北朝鮮軍には党に逆らわないための安全装置が付いている。

 それが「政治委員」による二元指揮制度、2つの命令系統の存在である。一般の軍の将校のほかに、党から派遣された政治委員が各部隊に配置され、軍の将校のみならず、政治委員が命令書にサインしない限り、部隊を動かせないシステムになっているのだ(図参照)。これは北朝鮮に限らず、旧ソ連や中国など革命で政権を奪取した国の軍隊にはよく見られるクーデター防止システムであり、北朝鮮では朝鮮戦争後に導入され、組織内で粛清を重ねるたびにその権力を増してきた。

 たとえクーデターで金政権が倒れたとしても、新たな政権が北朝鮮に誕生するだけで、北朝鮮という国家そのものが消滅することはない。

 よくいわれる“北崩壊説”には、ほかにも「北朝鮮が崩壊すれば、難民が日本に殺到して大変なことになる」というものがある。

 06年に「拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題への対処に関する法律」が施行された。この法律は「政府は、脱北者の保護及び支援に関し、施策を講ずるよう努めるものとする」と定めており、北朝鮮から難民がやってきたら、これを保護しなければならなくなった。

 だが過剰な心配は無用であろう。仮に北朝鮮という国家が崩壊したとしても、戦乱が起きなければ難民は発生しない。韓国との間に戦争が勃発すれば難民は発生するだろうが、そのほとんどは国境を接する中国に向かうだろう。間に韓国を挟んだ日本に、北朝鮮からの難民が押し寄せる可能性は少ない。むしろ韓国から、戦争や徴兵を嫌った避難民が北九州などに押し寄せる恐れがある。

 そもそも国家は、戦争以外のどんな状況で“崩壊”するのだろうか。

 経済と国家の安定性の関係については、研究者の間でも明確な答えは出ていない。「産業化で急速に経済発展した国では、政権が倒れやすい傾向があった」ということぐらい。あくまでも「傾向」である。

 目ぼしい産業がなかった国で工業化が進むと、労働人口が農村から都市周辺に大量に移動し、人々の教育水準も上がる。それによって従来の統治体制がうまく機能しなくなり、デモやクーデターが発生して政権の崩壊に至る……というパターンが多くみられた。が、インドや中国を見れば、経済発展が政権崩壊に直結するわけではないことは明らかだ。

 「経済が発展すると民主化が進む」と主張する者もいるが、これとて現実には双方が比例関係にあるわけでは決してない。シンガポールカタールUAEクウェートなど1人当たりGDPが日本より高い国でも、政治制度は必ずしも民主的ではないし、10年以降の「アラブの春」による動乱で民主化したといえる国は、チュニジアのみである。

 このように、経済発展の程度と国家の安定性の間には、さしたる因果関係が見当たらないのである。

 いずれにせよ、利害関係が伴う運動家ならばいざ知らず、政治学の研究者の中で「北朝鮮という国家が近い将来、崩壊する」と真剣に考えている者は、私を含めてそう多くはいないだろう。日本としては当分の間、現体制が継続するという前提で対北朝鮮政策を考えねばならない。

北朝鮮核兵器を手放すことはまず考えられない

 すると今、一番気になるのは、北朝鮮核兵器とミサイルの存在だ。

 北朝鮮の核開発は、03年に米朝関係が悪化し、米軍がイラクに侵攻した頃から加速し始めた。イラク戦争の帰結を目の当たりにし、米国が本気で侵攻してくる可能性を考えたことが、北朝鮮核兵器開発に固執する要因の1つだと推測できる。

 06年には核実験に成功したことが判明。その前後から、北朝鮮は核を手放すことを匂わす発言はほとんどしなくなった。平和協定締結についても、核開発の放棄とリンクさせることは拒否し、「平和協定の締結が先、核の問題はその後」と主張している。平和協定などなくとも、核兵器がある限り、米韓側からは攻めてくるまいと考えている節がある。

 現在の北朝鮮にとって、核兵器とミサイルは自国の安全保障上、不可欠のものである。今年1月の水爆実験後、韓国との南北共同の工業団地「開城工業地区」が封鎖されたが、いかに厳しい経済制裁を科されても、北朝鮮がこれらを手放すことは、まず考えられない。国民の負担がいかに増えようとも、国家が消滅するよりはましであるからだ。

 しかも北朝鮮には、アジアで最も良質といわれるウラン鉱脈が存在する。核開発に費用はかかるが、今では外貨はそれほど必要としないだろう。核実験はおよそ3年おきに行われている。予算の制約のためとみられるが、北朝鮮の経済は現在、発展しつつある。今後は財政がより豊かになって、核実験の頻度も増える可能性がある。

 韓国と同様、北朝鮮もまた朝鮮半島全域を自国の領土と規定している。北朝鮮側から見れば、韓国政府こそ消滅させるべきインサージェンシーである。韓国も北朝鮮も互いに相手を国家として認めず、「いずれ叩き潰すべき獅子身中の虫」と捉えている。隣国どうしが対立し合う単純なイメージとは大きく異なる。

 互いに相手を滅すべき存在と見なす両国の間には、常に戦争の危険性がある。南北どちらも「平和的統一」を唱えてはいるが、武力統一の可能性も排除していない。双方の違いは、「外国を交えず民族間で統一するのが正しい道筋」と主張する北朝鮮に対し、韓国側はできうる限り米国を巻き込もうとしていることだ。

 

■“北の核”は日米に大きな被害をもたらす水準に

 韓国と北朝鮮が開戦した場合、在韓米軍基地があるため、米国も戦争に巻き込まれる可能性が高い。日本政府も支援を求められることになるかもしれない。この状況を北朝鮮側から見れば、日本も米国も韓国政府という傀儡政権を後押しする敵国である。そこで核兵器とミサイルの存在が問題になる。

 16年1月の核実験が水爆によるものだったか否かについては疑問もあるが、否定する証拠もない。北朝鮮が「水爆」と主張するのは、どちらかといえば自国民向けのプロパガンダと考えられるが、日米にとっては、仮にそれが原爆であったとしても、脅威であることに変わりはない。

 核兵器は威力が大きいため、精密に目標に誘導しなくとも、敵国の上空で爆発させるだけで、熱、風、放射線、電磁パルスによって、周辺に壊滅的な破壊をもたらす。ロケットで衛星を軌道に乗せる技術を持つ以上、北朝鮮核兵器はすでに、日米に大きな被害をもたらす水準に達していると見なければならない。

 仮にミサイルに搭載した核爆弾が、40キロ以上の上空で爆発しても、周辺の電子機器は一切使用不能になり、付近を飛行中の航空機は全滅するともいわれる。地上でも信号機が動かなくなるなど大きな混乱が起きるだろう。これを高高度電磁パルス攻撃という。

 もちろん核兵器は最終兵器であって、北朝鮮もそう簡単には使わないだろう。仮に米国に対して核兵器を使えば、核による報復を覚悟しなければならない。しかし国家として滅亡寸前に追い込まれれば、使う可能性はある。そうなると米国といえど、うかつには北朝鮮を攻撃できない。これが核兵器の抑止力である。

 仮に米国が「自国を核攻撃される恐れがあるから、北朝鮮との戦争には介入できない」と考えたら、日米同盟は機能しなくなる。

 そうした事態を防ぐためには、日本が北朝鮮のミサイルを迎撃する能力を備えたうえで、「北朝鮮から米国に向けたミサイルが発射されたら、日本政府は必ずその迎撃を命ずるだろう」と信じてもらうことが必要だ。日本にとっては、米国からの信頼を確保し、日米同盟を確実に履行してもらうことが、自国の安全保障上、死活的な問題となる。

 幸い、安倍政権による一連の安保関連法案の改正により、米国政府における日本の信頼度は高まっている。これらの改正は、対中国を考えても、中東のエネルギー安全保障を考えても、必須のものであった。むしろ、ここまで改正が遅れたことが問題だと私は考えている。

聖学院大学政治経済学部特任教授 宮本 悟 構成=久保田正志 写真=共同通信社 図版作成=大橋昭一